「ファンはみんな平等」という人より「こういうファンが好きです」と公言してくれる人のほうが誠実なのでは?という自論。

スポンサーリンク

自分のタイムラインには時折、演者本人によるポストや

ファン発信の”推し活の心得”みたいなポストが流れてきます。

今日見かけたポストは、演者からファンへ向けたもので

要約すると

応援してくれるファンはみんな等しく大事

こういう内容でした。

最もスタンダードで、当たり障りのない言葉。

ファンもまた、推しからそういう風に言ってもらえたなら

他のファンと比較することも減るでしょうし、

無理せず自分のペースで応援出来るかもしれません。

だけど、私はこういった言動や態度には、

たびたび疑問を感じています。

[PR] 知って得する、知らないと損をする!すぐに役立つ相手に合った「伝え方」のコツ!

人の気持ちは行動に表れるからこそ

「ファンみんなに平等」は現実的に無理だと思っています。

人間なのだから相性の良いファンもいれば、苦手なタイプのファンもいる。

それ自体は悪いことじゃないし、むしろ自然なこと。

なによりも、人の気持ちは行動に表れる

どれだけ平等に接しているつもりでも、無意識のうちに

『特別扱い』していたり、『神対応』していたりする。

そう、無意識だからこそ隠し切れない。

私はそう思っています。

そして、こういうのを見ると正直思ってしまう。

「なんだよ、やれば出来るんじゃん」

って。

つまり、やろうと思えばできるのに、普段はやらない。

それって結局、その程度のファンだと見られているということでもある。

現実を突きつけられる寂しさとせつなさと悔しさと。

(篠原涼子か?)

スポンサーリンク

平等は理念であって現実ではない。だからこそ

ファンに対して誠実であることは優しい言葉を並べることじゃない。

ありきたりな言葉を並べることじゃない。

本音を隠さず、ちゃんと線引きを示してくれることだと思う。

※ファンを見下すような発言や過激な発言などは除いて。

常識の範囲内で「こういうファンが好き」と

言ってくれる演者のほうが、よほど誠実なのでは?

というのが最近の気づき。

ファン側も距離感を掴みやすいし、

自分の応援スタイルをどういう風にするかを考えられるから。